カタカタとキーボード音が響く昼前のオフィス。離れた島では談笑する声も聞こえてくる。特にトラブルなどもなく、いつもと変わらない日常だった。オレも自席でSNSのチェックをしながら、何をどこに入力すればいいのかすら分からないExcelファイルを作り直していた。
気付いた時にはフロアのみんなはお昼に出かけていたが、静かな部屋の心地よさと整理されていくExcelファイルに気分をよくして黙々と仕事をしていた。すると営業部から一本の電話が入った。
オレ「お疲れ様です。システムのオレです。」
営業「お疲れ様です。営業です。システムの派遣さんいらっしゃいますか?」
オレ「(派遣さんってこの前退職したよな・・・?)少々お待ちください。(保留・・・)お待たせしました。派遣さんは先月末で退職されました。」
営業「え?退職?・・・」
オレ「どうかされましたか?」
営業「派遣さんに作ってもらっていたExcelファイルなんですが、このデータが合っているのかを確認したかったんですが・・・。」
オレ「(引き継いでないの?てかそもそも退職したことも知らないの?)大丈夫ですか?」
営業「いや、もしデータが間違っていたら取引先と大問題になるので・・・誰に聞けばいいですか?」
オレ「(誰に聞く?オレに聞く?お前が知らないなら誰が知ってるんだよ・・・)確認して折り返しますね。」
営業「すみません。お願いします。(ガチャ)」
と、このように「引き継ぎ」という言葉を知らないワンダーな会社にオレは勤めている。入社した時は戸惑うことも多かったが「郷に入っては郷に従え」って言葉を覚えたオレは、このくらいのことでは全く動じなくなっていた。むしろこの状況を楽しむかのように、今の会話を余すことなく文章にしてシステム宛てにメールを送った。
先日の製造部の会議でも、「ここの係数の計算ってどうなるの?」と製造部長に聞かれたが、「オレに仕様を聞くの?馬鹿なの?」と喉まで出掛かったが「それは決めていただいて大丈夫ですよ。」とギリギリの所で相手の口撃をかわしたばかりで、この会社で日々起こる奇想天外な出来事にも驚かなくなっていた。
そうこうしていると、システムの先輩社員からメール受信の通知が届いたので条件反射で開いた。内容はサーバーの管理台帳を作成したとのことだ。これも驚きなのだが、うちの会社はサーバーがどこにあってどんな構成になっているかを誰も把握していない。「保守会社に一任している」と言えば聞こえはいいが、「仕様書くらいは受け取っているんだよね?」と、そんな疑問を抱いた過去もあったことを思い出していると、システムの老兵社員から返信が送られてきた。やり取りはこうだ。
先輩「サーバー管理台帳を作成しました。」
老兵「資料作成ありがとうございます。サーバー管理台帳を確認しましたが載っていないサーバーや、もう使われていないサーバーが載っています。再度ご確認ください。」
先輩「よろしければ、そのサーバーを教えていただけませんか?」
老兵「先日一緒に行ったサーバールームでの作業を思い出してください。自ずとサーバーの有無が分かってくると思います。」
オレ「!!!!!」
「え?クイズなの?正気か!?」と100回ツッコミを入れ、「さて、ここで問題です。消えたサーバーとまだ見つかっていないサーバーはどーれだ?ヒントはサーバールームでの作業です!・・・ってなんだそれ!!」とノリツッコミもしてしまい、これが対面で聞こえてきたら2度見どころか3度見4度見、と首が引き千切られるまで見返してしまっていたところだった。
引き継ぎもない。資料もない。終いには情報も出さないどころかボケをかましてくる。こんな状況にツッコまずには居られないオレは、先輩からの返信を待ちきれない気持ちを抑え切れずに更新ボタンを連打していた。
先輩「了解しました。確認いたします。」
何を了解したのだろうか・・・。しばらく呆気に取られてしまった。大阪の会社だったら「ボケ殺し」のレッテルを貼られ、会社での居場所も失ってしまうかもしれないほどのスルーだった。「これはもしかしてボケているのではなく、本人たちは至って真面目なのか?」そんな疑問が頭をかすめたが、すぐにそんなことはあり得ないと正常な思考に戻り、そのメールのやり取りをそっと「ネタ帳」フォルダに移したところで終業のチャイムが鳴った。
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