【ネタ】空気の読めない新入社員がやってきた

 4月。花粉症のオレにとっては試練の季節がやってきた。クソみたいな資料やクソみたいなシステムよりも忌むべき存在だ。「〇〇台帳_20230601.xls」や「〇〇台帳_20230602.xls」というファイルが無数に飛散するフォルダなんて可愛いものだ。こいつらはどこかに正解のファイルが存在しているはずだし、いっそのことDELETEしてしまえばこの世からはなくなってくれる。しかし花粉はそうはいかない。どの薬や治療法が正解かも分からないし、この世からなくなることもない。今日もむずむずする鼻と、むずむずする共有フォルダを開きながら作業をしていると、上司と見たことのないやつが入ってきた。

上司「今日からシステムに入る新人だ。」
新人「新人です。よろしくお願いいたします。」

 礼儀正しく入ってきた新人は、上司に指示されて空いているオレの隣りの席に座った。

上司「新人の教育よろしくな。」
オレ「(は?オレ?馬鹿なの?)・・・はい。」

 新人の面倒なんて見たくないし、花粉と戦っているオレにとっては煩わしい存在が増えるだけだったが、新人は支給されたパソコンを手慣れた手つきでセットアップを始めた。

オレ「何か分からないことある?大丈夫?」
新人「大丈夫です。この手順書に沿ってセットアップすればいいんですよね?」
オレ「うん。わからないことあったら聞いてね。」
新人「はい。」

 どうやら新人は大学で情報システムを専攻していたようだ。うちの部署のやつらみたいにコントロールパネルの開き方を聞いてくることもなく、一人で淡々とセットアップを進めていた。ようやくまともなやつが入ってきたと喜んでいると新人が質問してきた。

新人「この手順って要りますか?」
オレ「!!!!!」

 涼しいオフィスで汗が頬をつたった。「新手のニュータイプか?」「Z世代?」と思考をフル回転させたが、とりあえず今の会話が誰かの耳に入ってはいけない。

オレ「とりあえず最初はマニュアル通りにやってみようか?」

 絞り出して何とか出てきたその言葉は、新人を納得させるには遠く及ばないものとわかってはいたが、腑に落ちない表情のまま新人は作業に戻った。「うちの会社では考えて仕事をしてはいけない。」その暗黙のルールをなぜ最初におしえなかったのか?心の中で激しく自分を叱責したが、そんなオレの思いは届かない。

新人「これって自動化した方がよくないですか?」
オレ「(頼む!もう勘弁してくれ!!)」

 新人が間髪入れずに撃ってくる。「こいつR99か!?」と気付いた時にはもう遅い。この至近距離でサブマシンガンをぶっ放してくる新人に手も足も出ないオレはダウン状態で答えた。

オレ「そうだ!こっちの資料にも目を通しておいてね。」

 地を這いながらR1を連打して資料に赤ピンを指しまくった。新人も怪訝な表情を浮かべたが、「分かりました。」と言って資料に目を配る。

オレ「(こいつマスターか!?いや、もしかしてプレデター!!?)」

 自分でバッチ処理を作って手作業を無くそうとする新人。そんなことをしたら先人たちが苦労して築き上げてきた「セットアップマニュアル.txt」を否定することになる。システムのことを全く知らない人たちが、限りなくゼロに近い知識を集結して作り上げた数十行にも及ぶ手順だということをわかっていないのだろうか?そんな尊い手順をクリック一発で終わらすなんてあってはならない。

新人「このやり方も古くないですか?」
オレ「(もう無理だ・・・。)」

 こんな正論パンチをするのはラオウだけだと思っていたが、こいつも放って置いたら「我が生涯に、一片の悔いなし!!!」とか言い始めるだろう。そして終いには、「意志を放棄した人間は人間にあらず!ただ笑いと媚びに生きて何が人間だ!」と言わんばかりに社畜になり下がったオレを攻撃してくるに違いない。この場所は危険だと察したオレは、一回引くことを決めてトイレに向かった。

 一時間後、トイレから戻ってきたオレは新人が次のターゲットに攻撃を仕掛けていないかビクビクしながら席に着いた。新人は大人しく自席で資料を漁っていた。うちの会社のフォルダは難解不能な構成のため、さすがの新人でも苦戦しているようだ。安堵したオレは、正解かも分からない「機器管理台帳_20230603.xls」に壊れて戻ってきた機器の入力を始めた。

 小腹が空いてきたころ、事務のおばちゃんが新人に話しかけて雑談が始まった。数分してどうでもういい会話も終わり、事務のおばちゃんが仕事に戻ろうとしたその時だった。

事務「分からないことがあったら何でも聞いてね。」
新人「ありがとうございます。あの〜、ひとつ聞いてもいいですか?みなさんの担当業務って何ですか?」

 穏やかな空気から一変、フロアが一気に戦場と化した。新人がジブラルタルのウルトを放り込んできたのだ。仕事をしていないやつだっているんだから、職場でそんなことを聞いてはいけないことすらも分からないのか!?逃げ場のないフロアで行き場を失った事務のおばちゃんがこっちを見ている。オレにはどうすることもできずに立ちすくんでいると、震えた声でおばちゃんは答えた。

事務「私は主に電話応対かな。」

 そう言ってダウンしたおばちゃんの隣りには、老兵が背中を向けてピクリとも動かない。おそらくウルトを食らって気付かないうちにダウンしたのだろう。間髪入れずにブラッドハウンドのスキャンで次のターゲットを見つけた新人は先輩の方に詰めて行く。ターゲットにされた先輩もそれに応じる。

先輩「オレはキッティングとPCの設置がメインかな。」

 「馬鹿野郎!そこは嘘でもいいからk8sとかiPaaSとか、普段知ったかぶってる言葉でも並べとけよ!」という思いも届かず、P2020しか持っていない先輩はいつも通り何もできずにダウンした。残るはオレひとり。新人はシアのハートシーカーでオレの心音を聞きながら、いつでもやれると笑みを浮かべて待ち構えている。

オレ「オレはエクセ―。」

 1マガジン使い切ることもできずにやられ、オレたち[SYS]クランの部隊は全滅した。戦犯は新人がプレデターだとも知らずにちょっかいを出した事務のおばちゃんだ。おばちゃんに嫌味のひとつでも言いたかったが、そもそも武器もスキルもないこんなパーティーでは当然の結果だった。IPアドレスも知らない事務のおばちゃんに画面も自分もフリーズしている老兵。極め付けは的確に間違った指示をしてくる使い物にならない先輩。

オレ「(無理なんです。)」

 デスボックスが積み上げられたフロアで、新人は何事もなかったかのようにセットアップの続きを始めていた。

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