先日あるシステム導入のキックオフミーティングが開催された。その中で責任者やプロジェクトマネージャー、業務、システムなどの体制を決めたのだが、誰も役割の意味を理解していないためテキトーに担当が割り振られていく。自分はシステム担当となることはわかっていが、それ以外の担当を楽しみにしていると驚愕の体制図ができあがった。
オレ「(プロマネが3人!?正気か!!?)」
「プロマネ3人」という驚愕の布陣を敷いたこいつらに、「サッカーでGKが3人いたらどうするんだよ?反則だろ?馬鹿なの?」とツッコミたい気持ちをぐっと堪えたが、頭の中ではシステム導入という一大イベントをサッカーのW杯に例えていた。
オレ「さぁいよいよ始まります。W杯予選Bグループうちの初戦はベンダー。解説には本田圭佑さんをお招きしています。本田さん、よろしくお願いします。」
本田「はい。いよいよ始まりますね~。楽しみですね~。」
オレ「本田さん、この試合の見所はどこですか?」
本田「うちがシステム導入の経験がほとんどないところですね。どのような試合運びとなるのか全く読めませんね。」
オレ「なるほど。過去のシステム導入の記録もほとんどありませんね。実に楽しみです。」
全社員が注目する夢の舞台。スタンドにはバカトラス・ニッポンが精いっぱいの声援でうちを応援している。選手入場が刻一刻と近づき、歓声も徐々に緊張を帯びてくる。入場口から審判団が出てくるとスタジアムの歓声も最高潮に達した。
オレ「選手が入場してきました!主将の部長を先頭にうちの選手が入場してきます。」
本田「始まりますね~。選手もいい表情です。」
最後尾の選手が姿を現すと歓声が静かに消えていき、ざわざわとどよめきに変わっていった。
オレ「ん?ゴールキーパーが、3人?でしょうか。」
本田「・・・・・。」
オレ「本田さん・・・、これは一体・・・?」
本田「私にもわかりません。こんなの見たことありません。」
相手チームも驚いた様子でうちの選手を見ている。観客も何が起こっているのかわからない様子で呆気にとられていた。日本代表の試合で川島・権田・シュミットの3人が同時に入場してくるなんて誰にも想像できないであろう。ゴールキーパー3人という選手入場は、相手選手だけでなく世界中に衝撃を与えていたが、うちの選手たちは「ん?どうしたの?何かおかしい?」といった表情で普段通りに入場している。
オレ「は、早くももの凄い試合になりそうですね。」
本田「伸びしろですね~。」
そんなことを想像していると異様な体制図のまま話は進んでいきスケジュールの話になっていた。スケジュールはタイトではあったが課題という課題もなかったので、各自淡々とタスクをこなしていけばいいと思い、キックオフミーティングも時間通りに終わった。そんなキックオフミーティングから数日経ったある日、ユーザー部門の担当者がやってきた。
担当「システムの利用っていつからできますか?」
オレ「え?準備期間に入っているのでもう利用できるはずですよ。」
担当「え?そうなんですか?アカウントとか聞いてないんですけど。」
オレ「!!!!!」
どういうことか分からなかったのでまずはプロジェクトマネージャーに確認することにした。しかしプロマネが3人いるため誰に確認すればいいか判断がつかなかったが、とりあえず捕まりやすいプロマネ1号から聞いていくことにした。
オレ「1号さん、システム利用の準備は進んでいますか?」
1号「え?私はわかりません。特に指示とかなかったので・・・。」
オレ「(いやいや、指示するのはお前なんだよ!)誰なら分かりますか?」
1号「2号さんか3号さんに確認してもらえますか?」
オレ「(聞いたオレが馬鹿だった。)・・・わかりました。」
2号と3号に確認しても同じような回答だった。こいつらはプロジェクトマネージャーの役割を知らないのだろうか?知らないことは100歩譲って許せたとしても、知らないまま仕事を引き受けるこいつらの心臓の強さはどこにあるのか?心の中の本田圭佑が解説をはじめた。
本田「うちのどの選手もボールが飛んでこないように絶妙のポジションを取っていますね~。」
オレ「ベンダーの拾ってくださいと言ってるようなゴロパス!これを拾ってうちも攻撃をしかけたいところです・・・が、やはりここも拾わない!」
本田「これ!分かります?普通の選手やったら飛び出しちゃうねんけど、出て行かないでじっと堪えてるでしょ?」
オレ「はい。よく飛び出さなかったですね。」
本田「現代サッカーにおいて実現は不可能と言われてきたアンチポゼッションサッカーですよ!これ!」
オレ「アンチポゼッションですか?」
本田「はい。ポゼッションサッカーとは対極にある戦術で、相手にわざとボールを持たせる超高次元の戦術です。」
オレ「・・・それでは試合にならないのではないでしょうか?」
本田「まぁ見ててください。ゴールキーパー3人が効いてくる時間です。」
オレ「それはどういうことでしょうか?」
本田「いや、だから、3人居れば誰かがボールに飛びつくでしょ?それを狙ってるんですよ~。」
オレ「・・・・・。」
本田「伸びしろですね~。」
すると見るに見かねたアルバイトの女性が実況席まで来て実況のオレをフィールドに引きずり込んだ。アルバイトの女性は東京の一般企業で働いていた経験もあり、うちの会社の超消極的スタイルとは肌に合わないところがあった。そんな女性のすがるような眼に耐えられなくなったオレは嫌々ながらも指揮をとった。
本田「何してんねん!こんな平凡な社員を投入したらあかんやろ!」
プロジェクトマネージャーが機能していない以上、このプロジェクトの行く末は容易に想像ができた。口を出したくはなかったが「システムの利用が―」という問合せがオレに来るのは避けたかったため、タスクを進めるための会議を開いたところで前半終了のホイッスルが鳴った。
実況「オレさんの代わりにAI実況に切り替わります。本田さん、よろしくお願いします。」
本田「平凡な社員の投入はほんまあかんわ〜。」
実況「本田さんでも予想していませんでしたか?」
本田「ある程度予想はしていましたよ。でもそれをやってしまうと普通の試合になってしまうんですよ。」
実況「そうですね。オレさんの投入でアンチポゼッションが崩れてしまいました。」
会議の時間となって人が集まると、招集をかけてしまったオレが進行を始める。タスクを読み進めていくが、プロマネもユーザーも誰もタスクリストなんて読んではいない。タスクの担当を決めるどころか、タスクの説明を一からしなければいけないため時間だけが無駄に過ぎていく。時間がないため、担当者を一旦オレにしていくとオレのTODOリストができあがった。これで次のベンダーとの進捗会議に挑むことになる。
実況「さあ、後半が始まりました。オレがボールキープしていますが味方のフォローはありません。」
本田「ほらね。ボールもベンダーも味方以外はすべてオレに集まってきてるでしょ。」
実況「はい。ベンダーもここぞとばかりにオレにプレッシャーをかけてきます。」
本田「こうなっちゃうともう結果は見えちゃうんですよ。アンチポゼッションは相手チームのボールポゼッションを100%にすることで、自然と相手に仕事を押し付ける超高次元の戦術やから、たった一人でも普通の社員が入ったらすべて崩れてしまうねん。」
ベンダーとの進捗会議当日、当然のようにWEB会議の準備は誰も行っていない。会議の準備をしてから席の後方に座って待っていると、上司と主将の部長が入ってきた。
部長「今日何やるの?」
オレ「(マジでバカなの?)今日は進捗会議です。」
部長「どこまで進んでるの?」
オレ「(もうマジで無理。)・・・スケジュール出しましょうか?」
部長「そうだね。よろしく。」
こうなると自然とオレが会議の進行役となる。別にそれは構わないが、タスクがオレになっていることに違和感は感じないのだろうか?周りを見ても誰も異を唱える者は現れない。気付けば1人対21人となっていた試合は、オレの一人負けで試合終了のホイッスルが鳴った。
本田「伸びしろないですね~。」
2006年W杯グループリーグ敗退が決定したあの瞬間、中田選手は何を思っていたのだろうか。あの時の中田選手に思いを馳せるようにオレはピッチに倒れ込んで空を眺めていた。
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